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にっぽん丸クルーズ2017

投稿日:2017-7-4   カテゴリ:トラベル
にっぽん丸クルーズ 金沢港発着 利尻島 奥尻島の船旅で「こころ唄コンサート」を行いました。
6月30日から4泊5日の船旅は丸一日をかけて利尻島へと進みました。
7月1日の夜はドレスコードがセミフォーマルでの
夕食後に沢田知可子のコンサートをお楽しみ頂きました。みなさま華やかな装いで、ちょっとしたディナーショーと言った感じです。
2日朝に利尻島へと上陸して、様々なツアーへとバスに乗り込んだお客様が出発して行きました。
私は港からほど近い味楽というラーメン屋さんで焦がし醤油ラーメンを堪能し、
「リッシリーボーイズ」と呼ばれる80代から90代の3人のうちの一人、利尻島で活躍されている91歳の吉田さんが作る利尻昆布削りを見学しました。
見学というか、91歳って艶々肌、元気いっぱいの吉田さんの元気の秘訣は?とたずねると
「そりゃあ 昆布に決まってんだ〜〜」とオーラ全開でした。若い女性とおしゃべりするのも若さの秘訣だそうです(笑)
エネルギッシュな吉田さんにまた会いたいな〜
ゆるキャラ りしりんと観光協会のみなさんに見送られて利尻島を出航して10分ほど陸を離れると
厚い雲に隠れていた利尻富士がようやく顔を出してくれました。
この利尻富士が顔を出してくれてこその利尻ですからお客様もホッとしたと思います。
翌朝には奥尻島に上陸しましたが、残念ながら一日雨でした。
ウニ定食を堪能して、観光協会の盒兇気鵑坊攫動車をお借りして2時間ほど島を巡りました。
宮津弁天さんはものすごく階段が急でしたが、
やはり島の神様にご挨拶できて気持ちがスッキリしました。
沖縄の伊平屋島と奥尻島はムーンライトマラソンで姉妹島になっているということで、先日の沖縄での大琉球神楽の天岩戸開きは伊平屋島に伝わるお話でもあったものですから、奥尻島の観光協会の方ともそのお話ができて、とてもご縁を感じました。

4日の朝はいざ金沢へと戻る中、「沢田知可子の歌声広場」ということで、みんなで歌おうコンサートでしたが、朝から揺られ揺られて船酔いで目覚めました。
酔い止めの注射が即効性があるということで、本番寸前に注射をして頂きました。
本番のテンションと注射の効果で元気いっぱいに
皆さんと歌いました。
船旅の思い出の中にちょこっとでも刻まれたなら本望です。
今回は残念ながら満点の星を見ることが出来なかったのですが、素晴らしいご縁に恵まれた船旅でした。

私達夫婦は相変わらずにっぽん丸でも地味に部屋呑みを堪能しました。てへ・・・

にっぽん丸クルーズ2016

投稿日:2016-7-31   カテゴリ:トラベル
にっぽん丸 仙台港発着 世界遺産道東クルーズの旅でのコンサートを行いました。
7月25日 横浜大さん橋から乗船して翌日の朝には仙台港からお客様が乗船されての出港となりました。

今回は少し揺れるかも・・・ということで船酔いのクスリを飲んでしまったら、幸か不幸か眠り薬の如く初日は思いっきり眠りました。
あっと言う間に仙台港で、今回の旅は「ゆりかごクルーズ」と言えるほど2回のライブとほんの少しの根室観光と酔い止め薬のお陰で心地良くゆりかごで眠りました。

根室に着岸して、日本の最東端である納沙布岬へと向かいました。
一番最初に朝日が昇る根室の海は夏だというのに18度くらいでとても涼しく、目の前をかもめが優雅に飛んで行きます。
ほんの少し向こうは国後島で北方領土の問題がこの場所では切実であることを実感します。

翌日はあいにくの雨で中止のなった観光もあり、
雨の花咲港で花咲蟹の鉄砲汁が根室観光協会のみなさんから振舞われました。

そこになんと私のフェイスブックを見た檜森さまより、サプライズで花咲蟹がにっぽん丸に届けられ、急遽根室観光協会の宮ヶ丁所長にお願いして花咲蟹をそこで食べさせて頂きました。
頂いた蟹を食べたいのですが…と所長にお願いしたら、快くハサミで解して下さいました。

雨が降ってとても寒かったこともあり、数人ほどの乗客の方と濃厚な味わいの花咲蟹を堪能しました。地酒の北の勝を甲羅にそそいで・・・もう最高なひと時でした。

また宮ヶ丁所長が男前で、映画で高倉健さんと共演しても負けないほど華がありました。
さすが花咲港です。

にっぽん丸にはリピーターのお客様が多く
前回もご一緒した100歳の男性は大阪からご家族でいらっしゃいました。義妹の御婦人は92歳でにっぽん丸では世界一周旅行も経験されているベテランリピーターです。
また先立たれた奥様との想い出の船旅で乗られているリピーターの男性ともご縁が繋がりました。にっぽん丸でのご縁は船旅であるゆえの親近感があります。

リピーターのお客様が口を揃えておっしゃるのは、美味しいお食事とおもてなしというほどスタッフの方も皆さんとても温かく、きめ細やかなおもてなし、お客様への配慮は脱帽です。

歌セラピーコンサートと、みんなで歌う歌声広場の二回のライブでも、幅広い年齢の方と一丸となれたライブでした。
みんなで歌おう・・・仙台ですから青葉城恋唄。
知床旅情、花は咲く、川の流れのように、上を向いて歩こう、などなど・・・少し発声練習などしてから、一緒に歌い上げるという感じ・・・。
童心に帰るその笑顔に胸がいっぱいになりました。
かわいいな〜〜♪
かわいいおばあちゃんになりたいな・・・って心から思うにっぽん丸でのライブでした。

結婚20周年記念 大人の修学旅行

投稿日:2015-11-13   カテゴリ:トラベル
結婚20周年

11月10日で結婚20周年を迎えまして、記念に世界遺産である紀伊山地の霊場と参詣道へと大人の修学旅行へと行ってきました。
日本最古の巡礼である西国三十三所の観音霊場の第一番礼所、紀伊那勝浦にある那智山の青岸渡寺、そして熊野那智大社を参拝し、日本三大名滝の一つである「那智の滝」の荘厳な風景と音にしばし足を止めて麗しきに白神のパワーを浴びる大人の修学旅行となりました。
那智の黒石で作られた八咫烏は日本女子サッカーチーム、なでしこJAPANのシンボルとして有名になりました。
同行して頂いたのは将来の和歌山を背負って立つであろうリーダーのH氏。
夜は元JCメンバーの繋がりで集まってくれた地元の仲間も参加して八咫烏BLACKをもっと世界の色にしようと熊野牛焼肉を頬張りながら夢広がる話で盛り上がりました。
宿泊は舟で渡るホテル浦島で、太平洋に面した洞窟温泉を堪能し、翌朝はUP DOWNの厳しい
ゴルフ場で足腰を強化。その足で和歌山市内へ車で移動すること2時間半。和歌山はとても広いです。偶然にも20周年の結婚記念日が一日違いのHご夫妻と4人でこれまた元JCメンバーの割烹料理でお祝いしました。お祝いにと紀州雛という本漆塗の夫婦雛を賜りまして、お互いのこれまでの20年を振り返り語り合い、苦労自慢を競い、時にホロリとして、これから益々夫婦仲良くをモットーに歩んで参りたいと切に願う会となりました。
この旅は結婚20周年という偶然の一致のご縁でJC(日本青年会議所)のOBである和歌山のH氏がすべてコーディネートして下さいました。人生の節目ごとに全国のJCのご縁に助けられてきた私にとって、このようなご褒美を頂ける喜びをこの場をお借りして元JCの方々へ心より御礼申し上げたいと思います。本当に苦しい時にチャンスをくれた「人間力」のご縁が今も脈々と繋がっております。そしてこれからもこの人間力を大切に繋げて行けますよう益々精進して参ります。
本当にありがとうございます。

にっぽん丸 飛んでクルーズ九州

投稿日:2015-6-22   カテゴリ:トラベル
にっぽん丸 飛んでクルーズ九州〜上五島・軍艦島・天草〜のクルージングの旅で船上コンサートを行いました。

博多港から出港して初日にコンサートを行いまして、その後は観光を堪能させて頂きました。
二日目の20日は上五島 青方港へ入港し、世界遺産候補となっている頭ヶ島天主堂などを観光して、にっぽん丸歓迎イベントでは椿油ハンドエステを体験し、椿の苗を頂戴し、地元の高校生達が発案した椿油入浴剤やハンドクリームまでもお土産に頂きました。上五島のみなさんの温かおもてなしに皆さん大喜びでした。私もおもいきり便乗して愉しみました。
青方港で高校生ブラスバンドのお見送り演奏をデッキで聴きながら、恒例の紙テープが何百と投げられ、
いよいよ出港の瞬間みんなで「ありがとう〜〜!!!!」と一斉にかけた感謝の言葉に胸が熱くなりました。

ご近所付き合いをして頂いているお友達ご夫妻もこの旅に参加してくれて、完全におとなの修学旅行となりました。

3日目の日の出の時間にはちょうど軍艦島を目の当たりにできました。
薄暗い空が段々と日の出とともに明るくなり、シルエットだけの軍艦島が鮮明になるたびに、周りの島々からは圧倒的に違和感のある、いにしえの要塞色の島に圧倒されました。
時間が止まっているような・・・異空間をのぞくには丁度いい距離でした。

天草 本渡港で御一行を迎え入れてくれたのは
地元天草舞踊の皆さんによる民謡と踊りのセレモニー。なんとサプライズであのあの・・くまモンが出迎えてくれました。
「く〜まも〜ん〜〜!」
ポージングはふなっしーに負けないくらい俊敏で、子どもも大人もみんな大興奮!!
さすがゆるキャラ界のアイドルです。みんな釘付けになっていました。

天草を一望する展望台からは晴天の賜で長崎、鹿児島、熊本市を見渡せるほど遠くまで見えました。
これがまた絶景なのです。
旅を何倍にも愉しませてくれるのがタクシードライバーさんです。天草では高倉健さんそっくりで、
「健さん」と呼んでも健さんみたいに寡黙で照れながら、言葉すくなにちょいちょい説明してくれて・・・素敵な方でした。
「健さん! ありがとうございました。」

天草キリシタン館で天草四郎率いる島原の乱の壮絶な闘いの絵巻やキリシタン弾圧の激動の時代を紹介されており、すっかり大人になってからの修学旅行の方がこの悲しい歴史はずっとずっと心にズシンと響きました。

そして何よりもおとなの修学旅行はランチの祝杯が許されます。地元の焼酎は絶品でした。

にっぽん丸でのクルージングはきめ細やかなおもてなしとお食事の素晴らしさにて、リピーターさんがとても多く、今回の乗客の方でもう十数回もリピーターでひとり旅を堪能されていらっしゃる女性から
「羅臼のときもあんただったね〜〜。」と声をかけて頂きました。
「また あんたかい?」って言われるくらいにっぽん丸
リピーター歌手になれますように・・・・。

ありがとうございました。

ハワイ旅行

投稿日:2014-1-10   カテゴリ:トラベル
新年早々ハワイの旅へと行って参りました。
ハワイ島ではワイピオ渓谷という壮大な渓谷の下で午年のはじめに相応しく乗馬でのお散歩を堪能しました。
「今年は馬に乗ってがんばるぞ〜!」
この気持ちを馬に託して参りました。

世界三大パワースポットの一つと言われているマウナラニをゆっくりとそのパワーを噛みしめながら歩き、クワベイビーチで荒波に揉まれながら最高のエステ気分を味わい、クルージングでイルカと泳ごうというツアーでは、99.8%の確率で会えるはずのイルカに会えませんでした。
その変わりクジラに会えたので嘉としましょう。
友人のゴルフセットをお借りして、つかの間の親父ゴルフも堪能しました。

オアフ島プリンスホテルではハワイの友人や知人達の協力のお陰で歌セラピーライブinハワイをはじめて行いました。
コンサートが終わると軽く毒舌をはいてくれる悪友は、「はじめてちゃんと泣いた〜」と、はじめてお誉めの言葉をくれました。
日本人のコンサートを観たことがないハワイ在住の日本人のお客様は、夫のピアノ演奏に最初から鳥肌でした・・・と日本の歌にしみじみと浸ってくれてました。
友人達がチカラを合わせてスポンサードして開いてくれたハワイでのライブに夢の種を蒔いてこられたと思います。
この種がまた育ってくれるように頑張らなくては。

ラストディナーでは同行メンバー8名と共にハワイ寿司と男山を味わって、酔っ払った勢いで最後の買い物へとワイキキを走り・・・なんてこったい?とパッキングに苦しむ夫を横目にそそくさと寝てしまった私。

この旅でどれほどスパムおにぎりを食べたことでしょう。早寝早起きで一日中遊んで、ライトビールをランチで味わえる歓び・・・ビバ!ハワイ。
英気を養う旅をカラダ一杯に堪能して参りました。
さ〜こっからでしょ!

紅葉の京都へ

投稿日:2013-12-3   カテゴリ:トラベル
師走に入って最初のライブは大阪市東住吉区での人権コンサートでした。
ココロとカラダに優しい歌薬をテーマに歌セラピーコンサートをさせて頂きました。

「お疲れ様でした・・・ではまた来週大阪でよろしくお願いします!」と新大阪駅でスタッフの方とお別れして、となり駅である京都で下車した瞬間から、私達は大人の修学旅行と変わりました。
京都タワーを目の当たりにした駅中ホテルへチェックインして湯豆腐が美味しい豆水楼で友人と待ち合わせをして、大人4人の京都旅行がはじまりました。
紅葉を愛でたい・・・それだけで十分な目的で集合しました。
絶好なシーズンはほんの少しずれてしまいましたが、それでもまだまだ十分に愛でることができました。
紅葉シーズンともあって、知人からお勧めされた湯豆腐の「豆水楼」とお麩の半兵衛麩は随分前から予約を入れておきました。苔寺は往復はがきで申し込んで我ながら、いつもの行き当たりばったりではございません。偉いぞ私!

紅葉絶景ポイントの大覚寺、北野天満宮、上賀茂。映画「利休にたずねよ」を訪ねて大徳寺にも足をのばしました。小説も予習しました。
今宮神社のあぶり餅は今回の旅で最高に美味しかったです。ひと口サイズのお餅を竹串にさして炭火で焼いて、焦げ目がついたら甘い白味噌がたっぷりかかって10本ほどお皿に乗っかって出てきます。
わお〜こんなに食べられないわ〜・・って、
言ってしまうくらいボリューム満点なのに、たったの500円です。
あまりに美味しくてぺろりと食してしまいました。
もっともっとおかわりしたいくらいでした。
わざわざあぶり餅を食べに行きたいと思えるほど絶品でした。
今回はお豆腐やお麩やあぶり餅、抹茶とヘルシー三昧と思いきや、その分お酒が増えるという難点もございましたが、とにかくいっぱい歩いて、錦市場での買い食いを堪能して、またまた歩いて大満足な大人の修学旅行でした。

つくづく紅葉に感動する歳になったのですね・・・。
歳を重ねるって悪くないな・・・。
千利休の世界を訪ねながら、あらためて日本の美の崇高さを京都で実感して参りました。

パワースポットの旅

投稿日:2013-2-26   カテゴリ:トラベル
久しぶりにエネルギーを補充したいという衝動のまま沖縄へと行って参りました。
パワー溢れる場所でじっくりと瞑想するような、無心になれる時間をつくりたいと思って沖縄を選びました。

琉球王朝時代の歴史の中で百十踏揚(ももとふみあがり)という琉球王の娘であったお姫様がおりました。
今は世界遺産となった勝連城の城主の妃となりながら、夫の謀反に気づき、父である琉球王、何よりも國を守ために闘いの犠牲ともなった百十踏揚にとても感銘を受けて、今回の沖縄はつかの間の歴女となりました。

琉球王朝の歴史を知ると祈りの歴史が見えて参ります。王である男は国を守り、政治を司り、王族の女性達は祈りで支えます。
スピリチャルな話になりますが、沖縄には様々なお役目を頂いた霊能の力を持っている人々が存在します。
神人(かみんちゅ)と言ったり、ユタ、ノロ、神童(かみんぐぁ)、司(つかさー)など天の番人、土地の番人、竜宮の番人、仏の番人などそれぞれの役割が異なるわけですが、その役割をしっかりと自覚していることが大切なのだそうです。

世界の歴史をみても、必ずやシャーマンや魔女などスピリチャルな霊能者は存在しており、その力を悪用した者は大変な目に遭っているようです。
沖縄でもユタ狩りという恐ろしい歴史もあるようです。
今回は天の番人が道先案内人となって、私達に必要な場所へと誘って頂いた旅となりました。
お願いごとが出来る場所。
悲しみを鎮める場所。
パワーをくれる場所。
メッセージをもらえる場所。
癒される場所。
治してくれる場所。
つながる場所・・・と、琉球という小さな国に集約されたパワースポットを巡りながら天・地・人の三位一体なエネルギーを実感してきました。

いいことあるぞ〜 ミスタードーナツ!
ハイテンショ〜ンってか〜!!

地道にがんばります。

知床らうす旅情

投稿日:2012-6-20   カテゴリ:トラベル
日本最果ての地、知床らうすへと行って参りました。
今回は常連の店であるお好み焼きの店「寿々」のマスターご夫妻含め6人のお馴染みさんを連れだっての町内会旅行となりました。

事のはじまりは羅臼町のイベント実行委員の方がわざわざ打ち合わせに東京までいらしてくれて、せっかくならば食事でもしながらと、ご近所の「寿々」へ向かったのでした。
女将が「知床らうすなんて行ったことないから、ぜひとも行きた〜〜い」という一言から常連さん4人が巻き込まれてのツアーとなったです。
この思いがけない町内会ツアーを羅臼実行委員のみなさんは、せっかくいらしてくれるのだから、徹底的にアテンドしましょうと、それはそれはきめ細かく計画を立てて、最高のツアーを演出して下さいました。

私は知床開きというお祭りのイベントで地元マーチングバンドであるブルーイーグルスとのコラボで「上を向いて歩こう」を歌い、「幸せになろう」をマーチングアレンジで演奏して下さいました。素晴らしいパフォーマンスに感動でした。
雨の野外ライブでしたが、これがまた羅臼のみなさんの暖かいこと、気温は10度以下にもかかわらず沢山の方が応援にいらしてくれました。
前夜祭の花火大会は長岡の花火に匹敵する海辺の花火が圧巻でした。
最後は羅臼公民館でのコンサートです。
地元の子ども達と羅臼高等学校の吹奏楽部の生徒さん達と大人のコーラスグループ総勢40名弱の方々とともに「GIFT」と「空を見上げてごらん」を歌いました。
「空を見上げてごらん」に関しては振り付けまでつけてくれて、羅臼のちびっ子たちの目がキラキラと輝いて、そのあまりの可愛らしさに会場は笑顔と涙が入り交じっての感動を与えていました。
みんなで沢山練習してくれていたんだなって思うと胸がいっぱいになりました。

その上、最後にはサプライズでデビュー25周年のお祝いの花束とケーキをステージに用意してくださって、夫までがそのサプライズに関わっており、あまりの驚きと嬉しさで化粧が全部落ちるくらいに涙腺が緩みまくりました。
本当にしあわせでした・・・。

この全てのイベントは羅臼町の町会議員の方々が自ら実行委員として動いて下さいました。
特にらうすファイブと呼んでいた5名の町会議員さんたちの活躍が見事でした。ジェントルマンならうすファイブのみなさんの賜で、最高な知床旅情となりました。
らうすで歌う「知床旅情」はグッと心に沁みました。地元のお人柄なのでしょう・・・最後は中標津空港でまたの再会を約束しながら、ほろりときました。

漁師町である羅臼(らうす)は町民の3割以上が漁師として生計を立てており、ましてや鮭に関しては一流のブランドである時鮭、トキシラズと一万匹に一つとされているケイジが捕れる地域でもあり、鮮魚市場での漁師やバイヤーの顔ぶれはみなさん自信と輝きに満ちており、魚たちを売り買いするその様は、男らしい男っぷりを拝見させて頂くことができました。
そんな市場の中でもひときわ輝きを放つ、まさしく主役のトキ知らずの見事なこと・・・・。

な、な、なんとこの度、沢田知可子は知床らうすの鮭大使に任命させて頂きました〜〜〜〜!!!
その理由の一つに、夫である小野澤が世の中で一番好きな食べ物は鮭だと、最後の晩餐は鮭茶漬けを食べることにしているなどと打ち合わせの時にポロッと言ったのが決め手であったということで、もちろん私も精一杯好きであることをアピールしましたが、夫の情熱にはかないませんでした。
ま、夫婦ユニットで活動しておりますので、一心同体ということもあり、私が鮭大使と任命されたわけです。ありがたいっす。
正式に羅臼町長さんから野外ステージで授与して頂き、トキシラズを贈って頂きました。
また見たことのない大きなたらば蟹やケイジのしゃぶしゃぶ、きんきの煮付けとお魚三昧な旅を堪能しました。
最終日のくじらウォッチングクルーズでは、遙か遠くに双眼鏡でやっとこさ見えるところにくじらのしっぽが見えた〜と夫は見ましたが、私は残念ながらこの目に焼き付けることができませんでしたが、これはまたいらっしゃいよというクジラさんからのメッセージだと受け取ることにしました。
羅臼町のみなみなさま、鮭大使としてこれからも羅臼の鮭を愛して応援させて頂きます。
どうぞ再び最果ての知床羅臼へと呼んで頂けますように・・・。
町内会メンバーからも楽しかったと歓喜のお声を頂きました。

最後にこの羅臼イベントに沢田を推薦してくれて、子ども達への歌の指導も含め、何度も札幌から羅臼へと足を運び、縁の下の力持ちとして大活躍をしてくれた札幌の久美さんとニーヤンに深く深く御礼申し上げます。
「漁師町はやっぱり演歌が強いんだよ・・」という率直な意見に、沢田バラードを知ってほしいと
損得勘定抜きなプロモーションをして下さいました。本当にありがとうございました。
最高な旅でした。

鮭は4年に一度帰ってくると言われておりますが、トキシラズという鮭は一年後かもしれないし、いつ帰って来るかわからないからこそ、時を知らないという意味合いで「トキシラズ」と呼ばれているそうです。
鮭大使となった沢田知可子を「トキシラズ」として来年くらいにはまた呼んでくださいませ・・と
切に切にお願いして参りました。

ハンサムエキスプレス

投稿日:2012-3-11   カテゴリ:トラベル
九州ツアー移動日でございます。11時33分発の由布院号で日田から大分駅まで2時間揺られ車窓からは長閑な風景を堪能しました。大分駅の駅そばはごまだしうどんにかしわトッピング500円がカラダに優しいお味でしたが、呼び水となり、海老バーガーを購入して、にちりん号に乗車して延岡まで更に2時間揺られております。日曜日ということもあり、鉄道マニアな鉄ちゃんファミリーがいっぱいです。気持ちが分かるほど九州のエキスプレスはみんな個性豊かで、なんてったってハンサム!
イケメン祭り特急番付な鉄ちゃん達は、すんごいカメラを抱いてシャッターチャンス、アングルに集中しています。鉄子ママは子供より目が輝き、鉄矢は博多で舞台101回のプロポーズ中です〜。
なんのこっちゃ…。
何もかもが長閑な移動日ということなのです〜。
延岡から都城への列車はどんなハンサムエキスプレスかしら…。今車窓からは山から海へと変わりました。

ただいま故郷

投稿日:2011-10-20   カテゴリ:トラベル
岩手県のめんこいテレビの旅番組で旅リポーターを体験して参りました。二泊三日をかけて盛岡から秋田県大館を結ぶ花輪線に乗って来ました。
母親の実家が沿線の荒屋新町にあり、その縁でこの旅のリポーターに選んで頂いたのですが、毋は昔の話しや、ふるさとの話をあまり語らない人で、私にとって故郷を探究するはじめての旅となりました。一緒にレポートしてくれためいこいTVの千田アナウンサーは岩手に来てまだ半年ということで、31歳独身まじめイケメンのキャラをいじり倒しながら、楽しい旅でした。
岩手山、八幡平を目のあたりにすると、不思議とただいまって叫びたくなります。
まさしく岩手のDNAが流れているんだなって思います。
すると、あまり語らなかったはずの毋の言葉がちらっとよぎるのです。
安比漆塗りの絵付け体験では、毋は被れて大変だったけど、一番好きなのはやはり安比漆の食器だと子どもの頃に言っていたのを思い出しました。そうか、語っていたんだ。
毋の価値観やふるさとへのことばはいつも裏返しな言い方で、直球で受け止めてきた単純な私の解釈が、毋はふるさとがキライな人であったのです。でも今回の旅で想ったのは、愛し方を知らなかった人だったんだと感じたのです。
ふるさとを語れば、父は帰りたいのかと、それはまるでやきもちの如く、毋を揶揄したものですから、段々と遠退いて行ったのかもしれません。
夫婦、家族のささやか会話から毋は田舎を愛せなくなってしまったのです。
今さらながら、可哀想なことをしていたんだなと、なんだか泣けてしまいました。
そんな反省と感謝を込めて、安比漆お一人様セットでお腕と箸とお皿を毋のおみやげにしました。のんびりと揺られる花輪線に乗って、途中下車の一期一会は素敵なおもてなしばかりで、紅葉のお蔭で色彩豊かな目の保養になりました。
二泊三日いっぱいに使った取材の旅は編集マジックで30分におさまってしまいます。
放送は11月下旬だそうです。
私の宝物になりそうです。

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